アサーティブに!(48)人が人を取り戻すこと

世の中の様々な問題の、本当の原因ってなんなのだろうって考える時、ふと思うことがあります。

人は社会的な生き物で、知能を高度に発達させていて、政治的に人々をまとめて、便利な仕組みを作ったり、煩わしさや苦しさを様々な発明で軽減したりして、より多くの人が幸せになっていくための道を進んでいるのだとは思うのだけれど・・・

 青い空を何分も見ていることがありますか?

 流れる雲が、形を作り、崩れ、消えていくのをじっと見ていることがありますか?

 つくつくぼうしが「オーシンツクツク」と何回繰り返すのか数えてみることがありますか?

 季節の変わり目の、昨日より少しだけ温度の下がった風を頬に受けて、同じ風を感じた日の記憶を思い出すことがありますか?

 道を歩きながら花や草の匂いに出会うとき、知識としてその名称が浮かぶだけではなくて、その匂いで自分の心が感じている何かに気づいたり、その匂いを感じた昔の記憶を思い返したりすることがありますか?

 自分の好きな食べ物を初めて食べた日、あまりにも美味しくて夢中で食べた時のことを思い出したりすることがありますか?

刺激的な大きな感動は、人々を幸せな気持ちにするかもしれないけれど、それとは別の小さな小さなできごとや、小さな小さな記憶が(それはなんだか、淋しさを伴っているようにも感じるのだけれど)、昨日、今日、明日と静かに流れ、続いていく時間の中に、もしかすると、全く別の次元の幸せを作り出しているような。

次々に発生する泡のように、一瞬で消えていく泡のように、か弱そうでいながら、いつまでも何回も、そしていつもいつも人々を包み込む泡として幸せにつなげてくれているような。

でも、僕たちは気づけないのかもしれない。忘れ去ったまま、日々を過ごしているのかもしれない。そして、そこにあるはずの幸せに気づくことができずに、幸せを求める方法のつもりで、様々な問題を引き起こしているのかもしれない。

一人一人が人を取り戻していくこと。そんなことと生きやすさは何か関係があるのかもしれない、なんて、そんなことを思ったりするのです。

NPO法人ぐんまアサーションラボ(ぐんまあさらぼ)

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